
2026年2月
ダイアンの津田氏が投じた一石が
SNSを沸かせていた。
「クソリプしてくる人のアカウントを見に行ったら
たいがい同年代から上の世代のおっさんで
たいがい政治にお怒りになられてて
寂しい食事の写真を載せたりしてる」
このポストが15万件以上の共感を集めたのは、
多くの人が日々感じていた
「言いようのない不快感」を言語化したからだ。
以前、私は
「劣等感だだもれ?『早稲田は簡単』
『税金あざす』と呟く人の惨めな現実」という記事で、
自分の劣等感を守るために
他人を引きずり下ろそうとする
「ルサンチマン(弱者の怨念)」について書いたことがある。
今回の「クソリプ現象」は
まさにそのルサンチマンが
SNSで最悪の形に発酵した姿と言えるだろう。
画面の向こうで「泥を投げるナマズ」たち
なぜ、いい歳をした大人が
見ず知らずの他人に攻撃的なリプライを
送ってしまうのか。
その答えは
彼らのプロフィールや投稿に隠されていた。
津田氏が指摘した「寂しい食事の写真」や
「政治への怒り」は、
彼らが現実社会で必要とされず、
何の影響力も持っていないことの裏返しだ。
以前の記事でも書いたが
彼らは「自分は貧乏である」
「自分は選ばれなかった」という
直視しがたい現実から逃げるために
他人のアラ探しによって
人生に価値を見出そうとしている。
成功している人に「税金は?」と聞き
楽しそうな投稿に「不謹慎だ」とケチをつける。
知識をひけらかし「そんなの常識でしょ」と
マウントを取る。
これらはすべて
自分より上のステージにいる人間を、
どうにかして自分のいる
「泥沼」まで引きずり下ろそうとする必死の抵抗だ。
まさに
自分を磨かず泥の中でうごめきながら、
輝いている人を羨み、
罵るナマズ人間の思考回路そのものと言える。
クソリプは「助けてください」という悲鳴
彼らがクソリプを送る瞬間
正義の執行という錯覚により
脳内には快楽物質が溢れている。
「俺が正してやらねば」
「俺が教えてやらねばならぬ」
しかしそれは
「他人の行為を非難することで、
自分の空虚な人生に
無理やり意味を与えたい」という
歪んだ防衛本能に他ならない。
クソリプ主にとって
あなたの反応は「餌」だ。
たとえ怒りや拒絶であっても
反応があるだけで
「自分は無視されていない」
「自分には他人の感情を動かす力がある」と勘違いし
飢えた承認欲求を満たしてしまう。
「ほーら、やっぱり間違っているから
顔を真っ赤にして反応してきたぞ」と。
押し付けてきた
クソリプの内容自体に意味はない。
「私は今、劣等感に押しつぶされそうです。
誰でもいいから私を見て
私に関わって、私の惨めさを紛らわして!」という
悲しい悲鳴が形を変えたものなのだ。
それがわかると
わざわざスマホを握りしめて反論する気が失せてこないだろうか。
実際に私はコメント欄で一度も反論をしたことがない。
負のエネルギーには触れない
注目を浴びたあなたの元にクソリプが届いたら
悔しい気持ちになるだろう。
だが、関わってほしいだけの相手を
論理的に言い負かそうとする必要はない。
彼らは「鏡に映った自分の現実」を受け入れられず
余裕を失っている状態だ。
そんな心の平穏を欠いた相手と
同じ土俵に立ってはいけない。
ここで、プロのブロガーとしても推奨する
物理的な「心の守り方」を共有しておく。
【実用Tips】ナマズに泥を投げさせない技術
- 「非表示」と「ミュート」の活用:
相手に気づかれずに自分の視界から消す。
これが最も「相手にしない」という高尚な対応だ。- 「ブロック」の基準:
粘着質な相手には迷わず使う。
ただしブロックは相手に
「拒絶された」という刺激(餌)を与える場合もあるため
基本は「ミュート」で存在を消し去るのが一番の毒消しになる。- 通知オフ:
見知らぬ人からのリプライ通知を切るだけで
あなたのステージは守られる。
最後に:ステージが違う
ネットという場所は
弱者が己のパワーを振り絞り
自分よりも成功している
キラキラしている人の中から
相手をしてくれる人を探している場所でもある。
彼らが画面の向こうで
「寂しい食事」を前に毒を吐いている間
あなたは大切な人と笑い
美味しいものを食べ、自分を磨き続ければいい。
そうすると
以前よりクソリプが飛んでくるかもしれないが
それはステージアップ成功のサインだ。
成功した者から目が離せない人々が
相対的に増えただけのことなのだから。
