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就活は茶番で綺麗ごと発表会 茶番なのは自分の人生だった?【嘘をつきたくないあなたへ】

就活は茶番だ。

就活の時期が近づき、
この言葉が今日もSNSに流れてくる。
「ガクチカが書けない」「話すことがない」と悩み、
結局はみんなと同じスーツを着て、
同じような笑顔で、
同じようなエピソードを語る光景は、
確かに不気味だ。

「嘘つき大会」「綺麗ごとを並べるゲーム」
そうやって冷めてしまう気持ちも、
痛いほどわかる。

だからといって、
このシステムを茶番だと切り捨てて、
斜に構えているだけでいいのだろうか。
はたまた、本当に就活は
綺麗ごと発表会なのだろうか。

私が就職活動をしているときに出した結論を共有したい。

嘘をつく必要なんてない。ただ「足跡」を紹介するだけ

面接で「就活のために嘘をつきたくない」と悩む必要はない。
取り繕った立派な実績なんていらないのだ。
あなたがこれまでの人生で残してきた
「足跡(あしあと)」を、ありのままに紹介する。
それだけでいい。

  • バイトでシフトが回らなくなったとき
  • サークルの人間関係がギスギスしたとき
  • グループワークで意見が割れてしまったとき

そんな誰でも経験する小さな問題に直面したとき、
どう感じ、どう動いたのか。
「困ったなと思って、自分なりにこうしてみました!」
その普通の回答こそが、
企業が一番知りたい「あなたの事実」だ。

人生という道を歩む中でついた足跡。
「こんな理由でついた足跡なんですよ」
「このときは、こんな感情だったんですよ」
そうやって自分の歩みを振り返る作業は、
綺麗ごとでも何でもない。
積み重ねてきた、ただの事実なのだから。

「綺麗ごと」に聞こえるのは、逃げ続けてきた証拠

もしもこうしたやり取りを「茶番やないかい」と感じてしまうなら、
少しだけ自分を疑ってみてほしい。

目の前の問題に直面したとき、
いつも「自分には関係ない」と逃げてこなかったか。
面倒なことは我関せず、責任を感じることもない。
何もアクションを起こさずに生きてきたのではないか。

必死に動いて、
壁にぶつかってきた人間には、
語るべき本物の足跡が残っている。
逆に、逃げ続けてきた人間の道には語るべき足跡がなく、
偽の足跡を作るために「就活の嘘」をつかなきゃいけない状況を、
システムのせいにしているだけなのだ。

組織(学校・部活・サークル・バイト、どんな集まりでもいい)の中で、
楽しみ、悩み、もがいてきた人間にとって、
就活の問いかけは日常会話の延長線でしかない。
綺麗ごとを並べているという感覚は、
毛頭ない。

それを茶番と呼ぶのは、
他責思考で逃げてきた者の言い訳にすぎないと、
誰もが思う。
自分の人生の薄っぺらさを棚に上げて就活を冷笑していても、
何も変わらない。
そんな「冷笑界隈」だけに所属している学生を会社が欲しがらないのは、
当たり前じゃないか?

システムに文句を言う前に、明日から「最小のアクション」を起こす

就活のシステムに文句を言いたくなる気持ちはわかる。
でも、就活はこれからほぼ確実に通らなければならない道だ。

必要なのは、
うまい演技力ではなく、
自分の人生に対する誠実さ
もし今、語れる足跡がないのなら、
今日から生き方を変えればいい。

「自分を変える」なんて大げさなことでなくていい。
まずは明日から
こんな最小のアクションから始めてみよう。

  • 今日あった事実を、
    日記に一文だけ書く
    (自分の足跡を記録する習慣)
  • 「嫌だな、面倒だな」と思う役割に、
    一つだけ首を突っ込んでみる
    (新しい足跡をつける勇気)
  • 身近な困りごとに、
    自分なりの「小さな改善」を提案してみる
    (思考停止からの脱却)

問題から逃げず
自分の頭で考え、
泥臭く動いてみる。
そこで刻まれていく足跡は、
どんなマニュアルの回答よりも、
あなたを強く支えてくれるはずだ。

就活のシステムにぶーたら文句を言いながら、
ありもしない「ガクチカ」を場当たり的に作る未来を避けるために。

自分から見ると綺麗ごとに映る
「普通」の生き方を、今日から始めてみよう。